菅原文太が山梨の明野で農業を営んだ理由とは?

晩年は農業を営んでいたという菅原文太さん。

 

なぜ菅原さんは俳優ではなく農業をしていたのでしょうか?

 

そのことにスポットを当ててみました。


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幼少期のころ

菅原さんはもともと太平洋戦争のときに疎開をしていたときに、ジャガイモやサツマイモを育てていたそうです。

 

自分の成長期のころに満足に食べ物が食べられなかったので、食べ物に対するこだわりがあったのではないかと思います。

 

2009年山梨に農業法人を設立

農業に興味を持ち、年齢とともに少しずつ役者の仕事を減らしていた菅原さんは2007年に膀胱がんを患いました。

 

それをきっかけに2009年に山梨県北杜市明野村に住み始め、農業法人を立ち上げたそうです。空気の良い所で生活をすることで、身体を癒したいという思いもあったのかもしれませんね。

 

菅原さんの農園は周囲が山に囲まれてて見晴らしの良いところだったそうです。畑は1.2ヘクタールあり、菅原さんの事務所の若手俳優さんも手伝っていたそうです。自然に囲まれてのんびり農業で汗をかくというのは、気持ちが良さそうですね。

 

菅原さんは有機農業を行っていたそうです。というのは、有機農業を全国的な取り組みとして定着させたいと思って、運動を起こしていたからです。

 

有機農業とは、化学肥料を使わないで、農作物を育てる農法です。菅原さんは、良い土をまず育てて、その土で有機肥料と農薬を使わずに野菜を栽培していました。

 

でもこれは、恐ろしく手間と時間がかかります。それでも、時間と手間をかけた分だけあって、この農法で育てた野菜は栄養豊富なすばらしい味になります。菅原さんの野菜は一流シェフや料理人からの評価が高かったそうです。

 

その有機農業のすばらしさを菅原さんは伝えたかったのでしょうね。あとは、自分が戦時中に思うように食べられなかったので、現代の若者たちには、栄養のある野菜を食べてもらいたいという思いがあったそうです。


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2012年俳優業を引退

2012年には、菅原さんは俳優を引退しました。理由は東日本大震災でです。菅原さんは宮城県仙台市の出身ですので、生まれ育った場所が大きな被害を受けたことに大きなショックを受けたそうです。

 

そのことから、現実的な問題を解決できるのは映画ではないと考えた菅原さんは、役者を引退し、農業をする決心をしたとのことです。

 

役者でも、落ち込んでいる人に勇気や感動を与えることはできます。でもそうしないで、菅原さんが引退をした大きな理由は役者よりも結局、農業がやりたかったのではないでしょうか?長年俳優をやってきたので、ある程度やりきった感があったのではないかと思います。

 

最近も月に1~2回は農園にきて、農作業をしていたそうです。長い時は、農園に4日間くらい滞在していたそうです。

 

2014年10月中旬ころに菅原さんに「農地を拡大するので土地を譲ってほしい」と頼まれていた人は、その後菅原さんが姿を見せなくなったので気にしていたそうです。

 

実は病状が悪化していたんですね。本当に残念です。ご冥福をお祈りしています。


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